奥井 亮(生前墓)

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釋亮観 寿陵(生前墓)

釋 亮観(俗名  奥井 亮)

■命日(納骨後に記載)

■享年 (納骨後に記載)

■経歴・概要
1961年2月9日東京都目黒区生まれ。私の父は滋賀県出身で子供の頃父を亡くしたことから母と兄と上京。小学生にして薬屋に丁稚奉公。一晩で10万人が空爆で死んだとされる東京大空襲の深川で瓦礫の中を生き延びた人。母は新潟の農家出身で中学1年時の戦後民主主義教育の影響もあったようで上京し当時共産党員だった父と出会い結婚。父は会社勤めを嫌い会社を興し赤旗を読まなくなり読売新聞を読むようになったらしい。
私はその二人の末っ子。子供の頃はあまり勉強熱心でなくギターだ恋愛だバイクだ旅行だと遊びの方でなかなかに忙しかった。そんなぼんくらも学卒、就職、結婚、一男一女の父となり、転職、起業、その後の離婚。子供たちには嫌な思いもさせただろうがそれにより良い結果になった部分もあると思われる。下の子の養育責任も果たし、親の役割も無事終えることができ、自分らしく比較的幸せな老年期を迎えている。そして今、世界を襲っているコロナ・パンデミックの影響もあり、老い支度の一環としてここに文章を書いているという流れになります。

■ご挨拶
振り返れば私の父の残した印象深い言葉は「自分が考えたことが一番正しい」というものでした。そして晩年先祖代々の墓石を新調し「自由 平等 平和」と刻みました。近年になって自分もその血をひいているのかなと感じることがあります。血脈、意思、遺伝、歴史です。これを書いている現在の私は現役のタクシードライバーで、タクシーはこれまで経験した中で最も好きな仕事で、趣味で副業のFXトレードも職人的な真剣になれる深い世界。そこに今年になって老い支度もいろいろと加わり、この3本が今の私の仕事、最終的なライフスタイルとなります。老い支度は会うべき人に会い伝えるべきを伝えるのがいいのだろうとは思いつつ、いざ何をどう伝えるのかということもあり、ネットでメッセージを残せる生前墓は面白いと思い、私も足跡を残してみることにしました。

■私のお墓
本寿院(東京都大田区馬込)お骨仏への供養、並びに、圓宗院日光別院尊星王院さくらん墓(日光)への樹木葬
https://honjyuin.com/
本寿院さんは天台宗寺門派(三井寺)の由緒あるお寺さんのようですが、宗教、宗派にこだわることなく庶民に寄り添い受け入れ文化活動やボランティア活動など素晴らしい実践をされています。私は親鸞聖人に親しいものを感じることから浄土真宗の形式で戒名をいただきました。

■ユーチューブCH(自分の動画、趣味の再生リスト)
数本のメッセージ動画と、生前様々に興味を持った動画コンテンツの再生リストになります。良くも悪くも自分らしさが何か残ればと思います。
https://www.youtube.com/user/AOKUI/playlists

■「大江戸たくどら日記」東京タクシードライバーのブログ
タクシーを始めた50歳過ぎからコロナ前までは熱心に書いていました。東京の街と人のひとつの記録です。書く熱は冷めてしまいましたが最期まで変わらずなかなか味わい深い仕事でした。
https://ooedotaxi.hatenablog.com/archive/category/%E4%B8%96%E3%81%AE%E4%B8%AD%E3%83%BB%E4%BA%BA


 

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